高架式十字迷路(Elevated Plus Maze、EPM。エレベイテッドプラスメイズとも呼ばれます)は、オープンフィールド試験と並んで、不安様行動を評価する試験の定番です。装置は十字型で操作もシンプルですが、解析の段階になると「進入の定義をどう決めるか」「区画をどう設定するか」で迷う人が多い試験でもあります。
この記事では、EPMで何を測るのか、主要な指標の定義、そして解析に必要な機能を整理します。無料でできる範囲と、区画設定が複雑になりやすいこの試験特有の注意点も扱います。
高架式十字迷路で何がわかるか
EPMは、床から50cm前後の高さに設置された十字型の装置です。4本のアームのうち、2本は壁のない開放アーム(open arm)、残り2本は壁で囲まれた閉鎖アーム(closed arm)で、向かい合う同士が同じ種類になるよう配置されます。中央の正方形部分(center)が、4本のアームをつなぎます。
この装置が利用しているのは、げっ歯類が持つ2つの相反する性質です。ひとつは、高所や開けた空間、壁のない場所を避ける性質。もうひとつは、新しい環境を探索したいという性質。この2つがせめぎ合った結果として、動物がどれだけ開放アームに出ていけるかが、不安様行動の指標になります。
不安が強い個体は、閉鎖アームに留まりがちです。逆に、抗不安薬(ベンゾジアゼピン系など)を投与すると、開放アームでの滞在や進入が増える。この用量依存的な反応が確認されているため、EPMは抗不安薬のスクリーニングで古くから使われてきました。
オープンフィールド試験が「中心か外周か」で不安をみるのに対し、EPMは「高所の開けた場所に出られるか」という、より直接的な回避行動をみる試験です。両方を組み合わせて使う研究室も多くあります。
主要な指標
EPMで一般的に算出する指標を整理します。
開放アーム滞在時間比率(% time in open arms) 試験時間のうち、開放アームに滞在していた時間の割合。もっとも基本的な不安様行動の指標です。「開放アーム滞在時間 ÷(開放アーム滞在時間+閉鎖アーム滞在時間)」で算出するのが一般的で、中央部の滞在時間を分母に含めるかどうかはプロトコルによって異なります。
開放アーム進入回数比率(% open arm entries) 総進入回数のうち、開放アームへの進入が占める割合。滞在時間と並ぶ主要指標です。
総進入回数(total arm entries) 開放・閉鎖を問わず、アームへの進入回数の合計。不安様行動そのものではなく、動物の自発運動量を反映する指標として使われます。鎮静作用のある薬物を投与すると、不安が変化していなくても総進入回数が落ちることがあるため、この指標を併記することで、結果が「不安の変化」なのか「単なる運動量の低下」なのかを切り分けられます。
閉鎖アーム進入回数(closed arm entries) 総進入回数の代わりに、閉鎖アームへの進入回数だけを運動量の指標として使う研究もあります。開放アームへの進入は不安の影響を受けるため運動量の指標としては不向きですが、閉鎖アームへの進入は不安の影響を受けにくいという考え方によるものです。
進入の定義 自動解析では、動物の中心点があるアームの境界線を越えた時点を「進入」とみなすのが一般的です。手動観察では「四肢すべてがアームに入った時点」を基準にすることもあり、この違いによって進入回数の値が変わりえます。論文に記載する際は、どちらの基準を使ったかを明記する必要があります。
区画設定が、この試験の核心になる
EPMの解析で最初につまずくのは、多くの場合ここです。
オープンフィールド試験なら区画は「中心」と「外周」の2つですが、EPMは開放アーム2本、閉鎖アーム2本、中央、で合計5つの区画を設定する必要があります。
装置がカメラに対してきれいに正対していて、4本のアームが画面の縦横にまっすぐ伸びているなら、矩形を5つ並べるだけで区画を作れます。問題は、実際の実験室ではそうならないことが多い点です。
装置は床や台に先に固定されていて、カメラの位置は天井の構造や照明の配置に制約されます。結果として、画面の中で十字が少し傾いて写ることは珍しくありません。この状態で矩形の区画を当てはめようとすると、アームの実際の範囲と区画がずれます。傾きが大きいほど、アームの外側が区画から漏れたり、逆に隣の領域を巻き込んだりします。
もうひとつ厄介なのが、中央部が円形の装置です。十字の交差部分を円形にした装置は一般的ですが、円形の中央部と、そこから伸びる矩形のアームの境界をどう引くかは、矩形と円だけでは扱いにくい問題です。隙間ができないように配置しようとすると、今度は区画同士が重なってしまう。重なった部分の滞在時間がどちらの区画に計上されるのかが曖昧になり、結果の解釈に影響します。
区画をどう定義するかで、結果が変わります。中央部をどこまでアームに含めるか、アームの先端まで含めるか。これも中心区画の定義と同様、研究室やプロトコルによって幅があり、論文には定義を明記する必要があります。
だからこそ、区画を柔軟に設定できるツールであることが重要になります。5つの区画をそれぞれ独立して設定でき、装置の実際の写り方に合わせて境界を調整できる。この自由度が、EPMの解析ツールを選ぶうえでの実質的な判断基準になります。
高架式十字迷路の解析に必要な機能
オープンフィールド試験と同様、EPMの主要指標も、動物の中心点を1点として追跡できれば算出できます。
滞在時間は、中心点がどの区画にあったかの時間集計。進入回数は、中心点が区画の境界を越えた回数。いずれも「動物が平面上のどこにいるか」だけで成立します。
例外は、リスクアセスメント行動と呼ばれる一群の指標です。開放アームの入口で頭だけを伸ばして様子をうかがう「head dipping(頭を下げて外を覗く動作)」や、体を伸ばして探る「stretch-attend posture」は、中心点だけでは捉えられません。鼻先の位置や体の伸展を個別に追跡する、より詳細な姿勢推定が必要です。これらは主要指標ではなく補助的な指標として使われることが多いですが、研究目的によっては重要になります。
主要指標(滞在時間、進入回数)だけが目的なら、中心点追跡で十分です。この点は、オープンフィールド試験の解析方法で整理した考え方と同じです。
無料ツールでどこまでできるか
EPMの主要指標に限れば、無料のツールで足ります。
国内でよく使われる行動解析君(Mr. Behavior)のTrackerは、ROI(関心領域)を自由に設定できる設計で、高架式十字迷路にも対応しています。5つの区画を自分で定義し、Windows環境があれば滞在時間や進入回数を算出できます。
無料ツールから始めるのが合理的なのは、以下に当てはまる場合です。
- 必要な指標が、開放アーム滞在時間比率・進入回数比率・総進入回数など基本的なもの
- 研究室にWindows PCがある
- 解析する動画の本数が限られている
- 5つの区画を手作業で設定する時間を割ける
区画の再設定が頻繁に必要(撮影条件が動画ごとに微妙に異なる、複数の装置を併用しているなど)な場合や、Windows環境がない場合は、次の選択肢が視野に入ります。無料ツールを含めた費用構造は、行動解析ソフトの価格比較記事にまとめています。
Be-Chaseで高架式十字迷路を解析する
この記事を掲載しているのはBe-Chaseの運営元です。以下は自社サービスの説明にあたります。
Be-Chaseは、動画をアップロードするだけで行動解析ができるクラウド型のサービスです。EPMの主要指標は、いずれも標準機能でカバーしています。
区画は、マウスのドラッグ操作で設定します。矩形と円形に加えて、頂点を10個まで指定できる多角形が使えます。EPMのように開放アーム・閉鎖アーム・中央で合計5つの区画が必要な試験でも、それぞれに「open-1」「open-2」「closed-1」「closed-2」「center」のように名前をつけて個別に設定できます。
多角形が使えることは、EPMでは実用上の意味があります。前述のとおり、装置がカメラに対して傾いて写っている場合、矩形ではアームの範囲を正確に囲えません。多角形なら、画面上の実際の写り方に沿って頂点を置けるため、傾きをそのまま吸収できます。中央部が円形の装置で、アームとの境界に隙間や重なりを作らずに区画を並べたい場合も同様です。
設定した各区画について、滞在時間と進入回数が数値化され、結果はCSVと画像で出力されます。進入の判定は、前述のとおり動物の中心点が区画の境界を越えた時点を基準としています。手動観察の「四肢すべてが入った時点」とは基準が異なるため、過去の手動計測データと直接比較する場合はご注意ください。
なお、Be-Chaseは中心点による追跡が基本のため、head dippingやstretch-attend postureのような、鼻先の動きを伴うリスクアセスメント行動の検出には対応していません。主要指標(滞在時間比率、進入回数比率、総進入回数)だけで解析が完結する研究に向いています。より詳細な姿勢を伴う指標が必要な場合は、DeepLabCutのような姿勢推定ツールが選択肢になります。
クラウド型のため、Windows PCや専用の解析装置は必要ありません。iPhoneやiPadで撮影した動画をそのままアップロードして解析できます。
抗不安薬の評価に使う場合の注意点
EPMは薬理学的な評価に使われることが多い試験です。その場合、いくつか気をつけておきたい点があります。
総進入回数を必ず併記する 開放アーム滞在時間や進入回数比率だけを見ると、「不安が減った」のか「単に動かなくなった/活発になった」のかが区別できません。総進入回数(または閉鎖アーム進入回数)を運動量の対照指標として、必ず一緒に報告してください。
試験は1回しか使えない EPMは、動物が一度経験すると、2回目以降は反応が変化する(one-trial tolerance)ことが知られています。同一個体を繰り返し使う縦断的な評価には向きません。
照明条件を一定にする 開放アームでの滞在は照度に敏感です。実験群と対照群で照明条件が揃っていないと、結果が交絡します。
撮影時に気をつけたいこと
EPMは装置が高い位置にあるため、オープンフィールド試験とは異なる撮影上の注意点があります。
開放アームの縁まで正確にフレームに収める 壁がないため、動物がアームの縁に近づいたときの追跡精度が結果に直結します。カメラの画角に、開放アームの先端まで余裕を持って収めてください。
真上からの固定撮影を徹底する 十字型の装置は、斜めからの撮影だと4本のアームの見え方が均等になりません。真上からの撮影が、他の試験以上に重要になります。
振動対策をする 高い位置に設置された装置は、床の振動や空調の風で揺れやすくなります。カメラも装置も、しっかり固定してください。
撮影した動画の条件は、動画適性チェッカーで事前に確認できます。開放アームの縁での追跡精度は撮影条件に左右されるため、本番の撮影前にテスト撮影で試しておくと確実です。
まとめ
- EPMは、開放アームへの回避行動を通じて不安様行動をみる試験。抗不安薬の評価に広く使われる
- 主要指標は、開放アーム滞在時間比率・進入回数比率・総進入回数。進入の定義は論文に明記する
- 総進入回数(または閉鎖アーム進入回数)は、運動量の対照指標として必ず併記する
- 区画設定が5つ(開放アーム×2、閉鎖アーム×2、中央)と多い。装置がカメラに対して傾いて写る場合や、中央部が円形の装置では、矩形だけでは正確に囲えないことがある
- 主要指標は中心点の追跡で算出できる。head dippingなど一部のリスクアセスメント行動は、より詳細な姿勢推定が必要
- 基本指標に限れば、行動解析君などの無料ツールで足りる
- 動物は一度EPMを経験すると反応が変化するため、同一個体を繰り返し使う評価には向かない
EPMは装置がシンプルな分、区画設定と指標の定義をどう決めるかが解析の質を左右します。まず何を測りたいかを決め、そのうえで、自分の実験室での装置とカメラの位置関係でも正確に区画を引けるツールを選んでください。
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