「動物が新規オブジェクトに接近したが、具体的に何秒間、興味を示していたのだろう?」
「オープンフィールドの中央エリアへの進入回数はわかるが、滞在の質まで評価できないだろうか?」
「漠然とした観察だけでなく、仮説に基づいた客観的な指標が欲しい…」
このような、より一歩踏み込んだ行動評価のニーズに応えるのが、Be-Chaseのチェックエリア分析機能です。
実験エリア内に意味のある仮想的な領域(チェックエリア)を設定するだけで、ターゲットの行動を多角的に、かつ定量的に評価できます。この記事では、チェックエリアの基本から、具体的な研究テーマへの応用、そして最先端の研究事例までを分かりやすく解説します。
チェックエリアとは?行動に「意味」を与える空間設定
チェックエリアとは、実験エリア内にユーザーが任意で設定できる**仮想的な領域(円形または矩形)**のことです。
例えば、オープンフィールド試験での「中央」と「壁際」、Y字迷路の各「アーム」、あるいは特定の「巣」「餌場」「新規オブジェクト周辺」などをチェックエリアとして設定します。
Be-Chaseは、ターゲットがこれらのエリアに「いつ入り、いつ出たか」「何回入ったか」「中でどれだけ動いたか」を自動で計測・記録します。これにより、研究者は単なる軌跡データから、仮説に基づいた意味のある行動指標を抽出できるのです。
3つの指標とヒートマップで行動を多角的に読み解く
チェックエリアを設定すると、主に3つの重要な指標と、それに関連するヒートマップが得られます。
1. 滞在時間 (Dwell Time):関心度や嗜好性を測る
- 取得データ: 各チェックエリアへの進入・退出時刻と、合計滞在時間。
- どう役立つか: 特定の場所への関心度や嗜好性を評価する最も強力な指標です。例えば、新規物体認識試験において、馴染みのある物体より新規の物体を囲うエリアでの滞在時間が有意に長ければ、正常な認識記憶が機能していると結論付けられます。
2. 進入回数 (Entry Count) と入退出ヒートマップ:動線と関心の方向性を見る
- 取得データ:
- 各チェックエリアへの進入回数。
- エリア境界のどこから出入りしたかを可視化する3種類のチェックエリア入退出ヒートマップ画像。
- どう役立つか:
- 進入回数は、滞在時間とは異なる側面から行動の質を評価できます。例えば、滞在時間は短くても頻繁に出入りを繰り返す行動は、警戒しつつも対象に関心がある、といった複雑な心理状態を示唆する可能性があります。
- 入退出ヒートマップは、さらに一歩進んで、ターゲットの「動線のクセ」や「関心の方向性」を明らかにします。このヒートマップは3種類あり、エリアの境界線を通過した位置と回数を色の濃淡で示します。
- checkarea_entry_heatmap.png: 進入地点のみを可視化。
- checkarea_exit_heatmap.png: 退出地点のみを可視化。
- checkarea_entry_exit_heatmap.png: 進入と退出の両方を可視化。
例えば、新規オブジェクトを囲うエリアに対して、壁際から恐る恐る進入しているのか(警戒心が強い)、あるいはオープンな場所から大胆に進入しているのか(好奇心が強い)といった違いを視覚的に捉えることができます。また、特定のエリアから常に同じ方向へ退出するといった、決まった行動ルートの存在を示すことも可能です。
3. 領域内移動距離 (Distance in Area):滞在中の活動性を評価する
- 取得データ: 各チェックエリア内に滞在している間の総移動距離。
- どう役立つか: 滞在の「質」を評価するのに役立ちます。同じ10秒間の滞在でも、活発に動き回っているのか(探索)、ほとんど動かずにいるのか(休息・摂食・フリーズ)を区別できます。滞在時間と組み合わせることで、より詳細な行動分類が可能になります。
チェックエリア複合解析の真価|複数の分析を組み合わせて行動の解像度を上げる
チェックエリア分析は単体でも強力ですが、その真価は滞在時間ヒートマップや停止分析といった他の機能と組み合わせた時に発揮されます。単に「よく訪れた」という結果から一歩踏み込み、「訪問中の活動性や心理状態」まで解釈することで、行動の解像度を飛躍的に高めることが可能です。
具体的な複合解析の解釈例
- 新規物体認識試験での「興味」と「警戒」の判別
- データ: 新規物体エリア(チェックエリア)の滞在時間は長いが、同エリア内での総停止時間も長い。
- 解釈: ターゲットは物体に興味を示しているものの、頻繁に立ち止まって周囲を警戒している様子がうかがえます。単なる「興味」だけでなく、「警戒を伴う探索(Risk Assessment)」という、より質の高い行動評価ができます。
- オープンフィールド試験での「不安傾向」の多角的評価
- データ: 中央エリア(チェックエリア)の滞在時間が短く、滞在時間ヒートマップは壁際に集中し、ジニ係数も高い値を示す。
- 解釈: チェックエリアの滞在時間の短さというだけでなく、ヒートマップ(視覚)とジニ係数(数値)が共に「壁際への偏り」を示すことで、ターゲットの不安様行動(サクシジェンス)の傾向がより強固に裏付けられます。
- 薬物評価(CPP試験)での「嗜好性」の質の評価
- データ: 薬物を投与した部屋(チェックエリア)での滞在時間は長いが、同エリア内の総移動距離は短い。
- 解釈: ターゲットがその部屋を好んでいる可能性はありますが、活動量が低下していることから、薬物の鎮静作用が強く影響している可能性が示唆されます。逆に移動距離が長ければ、より活動的な報酬効果(快情動)として解釈できます。
このように、複数の指標を掛け合わせることで、一つの指標だけでは見えなかった行動の背景や意味を、より深く、説得力をもって考察することが可能になります。
【研究での活用事例】チェックエリア分析が解き明かした記憶のメカニズム
チェックエリア分析は、実際の研究現場でどのように使われているのでしょうか。権威ある科学誌『Nature』に掲載された、アルツハイマー病と記憶に関する研究を見てみましょう。
- 研究の目的: 脳内の特定の免疫細胞(ミクログリア)が、記憶の形成にどのように関わっているかを調べること。
- チェックエリアの活用: 研究では、マウスの記憶力を評価するために新規物体認識試験が用いられました。馴染みのある物体(Familiar object)と、新しい物体(Novel object)の周囲にそれぞれチェックエリアを設定し、各エリアでマウスが物体を探索した時間(滞在時間)を精密に測定しました。
- 明らかになったこと: 正常なマウスは新しい物体のエリアに長く滞在し、記憶力が正常であることを示しました。一方、遺伝子操作で脳内の免疫細胞の機能を抑制したマウスは、両方の物体エリアへの滞在時間に差がなくなり、新しいものを記憶・認識する能力が著しく低下していることが客観的な数値で証明されました。
このように、特定の場所に意味を持たせるチェックエリア分析は、遺伝子や薬剤が記憶という高次の脳機能に与える影響を評価するための、不可欠なツールとなっているのです。
※本研究はBe-Chaseが使用されたものではありません。一般的なチェックエリアの考え方を活用した研究事例としてご紹介しています。
引用元論文: Haruwaka, K., Ikegami, A., Yoshihara, Y. et al. Dual microglia effects on blood brain barrier permeability induced by systemic inflammation. Nat Commun 10, 5816 (2019). https://www.nature.com/articles/s41467-019-13812-z
研究テーマの提案:あなたの研究はここまで広がる
このチェックエリア分析は、様々な研究領域で新たな発見をもたらす可能性を秘めています。
- 薬理学・創薬研究:
- 条件付け場所嗜好性(CPP)試験: 薬物関連の手がかりがある部屋(チェックエリア)と、ない部屋での滞在時間を比較し、薬物の報酬効果や依存性を定量化する。
- 認知神経科学:
- 恐怖条件付け試験: 音刺激と電気ショックを関連付けた区画(チェックエリア)への進入回数や滞在時間が、記憶の消去訓練によってどう変化するかを評価する。
- 発達・社会性研究:
- 三チャンバー試験: 「母親」と「知らない雌」がいる各エリアへの滞在時間や領域内移動距離を比較し、愛着形成や社会性の発達段階を評価する。
- 生態学・動物福祉:
- 飼育環境内に設定した「休息エリア」「水飲み場」「おもちゃ」など複数のチェックエリアへの滞在時間や進入回数を分析し、動物の福祉レベルや環境エンリッチメントの効果を客観的に評価する。
本記事のまとめ
Be-Chaseのチェックエリア分析は、単に行動を記録するだけでなく、研究者の仮説に合わせて空間を意味付けし、行動を解釈するための強力なツールです。
- 3つの指標: 「滞在時間」「進入回数」「領域内移動距離」を使い分けることで、行動を多角的に評価できます。
- 入退出ヒートマップ: さらに、出入りした「場所」を可視化することで、行動の方向性や動線のクセまで明らかにします。
- 客観的データ: 「よく近づいていた」という主観的な観察を、「滞在時間〇〇秒、進入回数〇〇回」という客観的な数値に変換します。
- 新たな発見: これらの指標を組み合わせることで、これまでの解析では見過ごされていた行動の微妙な変化を捉え、研究を新たなステージへと導きます。
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